現在作成中。もう少しでできるでしょう。3/20

【初めに】

 前ページではマロン酸の他、メチルマロン酸・エチルマロン酸の3種の基質の臭素化速度の違いを反応中間体の構造と関連させて議論しています。このページでは、分光光度計を用いて前ページ(1)式の反応速度測定条件を決めたのち、マロン酸の他にメチルマロン酸・エチルマロン酸(Fig.1)の臭素化速度を測定し、メチル・エチル置換基が反応速度に与える影響の検討と反応機構の決定についての詳細を報告しています。さらに臭素化速度の温度依存性を調べる事により反応の活性化エネルギーEaを求め、これに遷移状態理論*)を適用し、活性化エンタルピーΔH・活性化エントロピーΔS・活性化ギブス自由エネルギーΔGの値を求めました。

Fig.1


【理論】

 マロン酸臭素化反応は@マロン酸のエノール化とAエノール化したマロン酸の臭素化の二段階で進行する事が知られています(Fig.2)。それぞれの素反応の反応速度式は次の微分方程式で表されます。

Fig.2

エノール化  d[MA] / dt  = −k enol [MA] [H+]  …(2)

臭素化    d[Br2] / dt  = −k Br [enol] [Br2] …(3)

ここで [MA]はマロン酸、[enol]はマロン酸エノール、 [H+]は水素イオン、 [Br2]は Br2の濃度を各々表し、kenolお よびk Brは各々エノール化および臭素化の速度定数であります。ここで、[Br2]≪[MA]という条件で実験を行うとします。この場合、臭素化が進んでも[MA]は一定とみなすことができ、また[H+]も一定であるので、(1)式の反応速度は[Br2]のみに依存します。即ち擬一次反応となります。

 (1)式の反応速度を決定する段階、いわゆる律速段階がエノール化であったとすると、エノールが生成すると直ち にBr2と反応するので(2)・(3)式は、

d[MA] / dt  = −k‘enol  (k‘ enol =k enol [MA] [H+]) …(4)

d[Br2] / dt = −k‘ enol …(5)

と表されます。(5)式の両辺を積分すると

   [Br2] = −k‘enol t+[Br2]0  …(6)

となり、 Br2濃度は時間に対して直線的に減少します。

 一方、臭素化が律速段階だとすると、臭素化に比べてエノール化はきわめて速く、 [MA]=一定より、エノールの 濃度はエノール化の平衡定数で決まる“一定値”をとるので、(3)式は

d[Br2]/ dt  = −k‘Br[Br2]   (k‘Br = k Br [enol]) …(7)

と表されます。両辺を積分して

ln [Br2] =−kt+ ln [Br2]0  又は  [Br2] = [Br2]0 exp(−kt)    …(8)

となり、Br2濃度は時間に対して指数関数的に減少します。

 以上より、(1)式の律速段階は、Br2濃度を時間に対してプロットすれば決定できます。また、(6)・(8)式より、時間tに対して[Br2]又はln[Br2]をプロットすればその傾きから速度定数が決定できます。さらにArrhenius式の両辺を不定積分すると、

,    (C:積分定数) …(9)

となります。従って何点かの温度で速度定数を求め、1/T vs.logkプロットの傾きからEaを求めることができ、さらに、 遷移状態理論*)を適用してBH、BS、BGを求めることができます。


 【検量線の作成】

 基質の臭素化に伴う[Br2]の変化は、Br2が吸収する波長417nmの吸光度変化で追跡しました。はじめに

BrO3 + 5Br + 6H+ →3Br2 +3H2O …(10)

の反応でBr2を発生させ(3.00×10−1M NaBrO3+3.00×10−1M H2SO4 2.50Nに9.70×10−2〜1.21×10−2M間の濃度 (9種類) のNaBrを0.500N加えた)、吸光度を測定し[Br2]の検量線を作成しました。


 【臭素化速度の測定】

 ミクロスターラーバーを入れたセル(光路長1B)を恒温水循環セルホルダーをもつ分光光度計(島津UV-140‐02)にセットし、3.00×10−1M NaBrO3+3.00×10−1M H2SO4 1.33Nに4.85×10−1M NaBr 0.270Nをセルに入れてすばやく蓋をして撹拌しました。Br2の生成確認(赤褐色)後4.80×10−1M CH2(COOH)2を1.33N加え、417nm吸光度の変化を分光光度計に接続したレコーダーで継続的に記録しました。測定は5〜40℃まで5℃毎に行いました。なお臭素化前は[Br2]=2.68×10−2M, [MA]=2.18×10−1Mであり、Br2がすべて消費されてもCH2(COOH)2は初期濃度の約9割は残っているので [MA]一定と近似し、擬一次条件は維持されているとして解析しました。同濃度のCH3CH(COOH)2およびC2H5CH(COOH)2でも同様の実験を行いました。


【結果及び考察】

 【検量線】

 Fig.3に検量線を示しました。Br2濃度0.008M以上ではプロットが直線に乗らなくなったのでBr2濃度0.007M以下(吸光度1.00以下)で検量線を作成し反応速度の解析もこの範囲に限定して行いました。

Fig.3

 【臭素化速度の決定】

Fig.4

  Fig.4は、マロン酸臭素化の際のBr2濃度変化を25℃で測定した結果です。検量線が直線を示した濃度範囲では、このプロットは時間に対して直線的に減少しています。従ってマロン酸の臭素化の律速段階はマロン酸のエノール化(Fig2-A)であることがわかりました。また、このグラフの傾きからkenol=6.16×10−3[M−1s−1]と得られました。同様にして他の温度(5〜40℃)に関して測定した結果、t vs.[Br2]のグラフはすべて直線になり、従って反応機構は温度に依存せず、直線の傾きからkenolはTable.1のようになりました。また、CH3CH(COOH)2とC2H5CH(COOH)2の臭素化速度を測定した結果、これらもエノール化が律速であることがわかり、各温度における速度定数はTable.1のように得られました。

Table.1

 次にTable.1の結果をもとにArrhenius plot(1/T vs.logk)をとり、反応のEaを決定しました(Table.2)。次に遷移状態理論*)より、Eaと25℃におけるkenolの値を用いてBG,BH,BSを算出しました(Table.2)。

Table.2

 まず、BSは3基質ともマイナスの値をとっています。S(エントロピー)は、系のもつ“乱雑さ”の指標であり、Sが大きいということは系がより乱れた状態にあるといえます。ここでFig.1に示したように、keto型からenol型に変換 される際に中心の炭素の軌道はsp3混成軌道からsp2混成軌道に変化します。混成軌道のs性(混成軌道中をs軌道が占める割合)は、

の順で大きくなります。s軌道よりp軌道の方が電子雲(orbital)の広がりは大きいのでsp3→sp2→sp の順に電子が原子 核の方に局在化し、その結果乱雑さは減少します。3種類の基質とも、α-炭素の軌道がsp3からsp2に変化する過程 でketo型より電子が局在化した活性錯合体の状態を通過するのでBS<0となります。

 ところでマロン酸とメチルマロン酸とでEaの値はほぼ等しいのでBHの値もほぼ等しくなります。一方、反応のポテンシャル障壁であるBGの値は大きく異なり、10kJmol-1ほど差があります。したがって、BG=BH−TBSより、BGの違いは主にBSの違いに起因している。この違いの理由は次のように考察されます。α-炭素に結合している水素よりアルキル基の方が電子供与性であり、α-炭素に水素が結合するよりもメチル基が結合する方がα-炭素の周りの電子密度が大きくなり(電子が局在化し)、マロン酸のBSよりもメチルマロン酸のBSのほうがよりマイナスになります。その結果、メチルマロン酸の方がBGが大きくなり臭素化速度は遅くなったと考えられる。マロン酸とエチルマロン酸とで臭素化速度が大きく違うのもBSの違いが主に効いているが、Eaの違いも考慮しなければなりません。

 【参考文献】

1)J. Pojman , R.Cravan , and D.Leard , J. Chem. Edu. , 71 (1994) 84

 化学反応が進行する際には、化学系のポテンシャルエネルギーであるギブス自由エネルギーが極大になる“遷移状態”を通過しますが、その状態に相当する化学種として反応物と生成物の中間の構造をもつ“活性錯合体”を考えます。

 いま、反応物A、Bが生成物Pに変わる際、途中に活性錯合体ABを経るものとすれば、反応は

A+B フ  AB →  P

というように表されます。

 この反応の速度を決定するには(1)活性錯合体が生成する速度、(2)錯合体から生成物が生じる速度を考えなければなりません。しかしながら、反応物と活性錯合体との間に平衡が成立しており(1)は(2)に比べて十分速いと仮定すれば、(2)だけを考えることで反応速度を表すことができます。

 活性錯合体の濃度は、反応物と活性錯合体の間の平衡を考えると

K=CAB / CACB CACB = KAB…@ (Kは反応物と活性錯合体との間の平衡定数)

と表せます。次に錯体から生成物が生じる速度を考えます。活性錯合体は不安定な分子であり原子は緩い結合で結びついていると考えられます。原子はその緩い結合に沿って振動し、その振幅が大きくなったときに活性錯合体は生成物分子に変換されると考えます。この考えに基づくと、この振動の振動数が活性錯合体の分解速度に相当し、その振動数νは、Plankの式で表すことができます。

ν=(kB T) / h  …A (kB;Boltzmann定数 h;Plank定数)

@、A式より、v=−dCA /dt =−dCB /dt =νCAB= K (kB T / h) CACB

2次反応の速度式はv= k CACB だから、速度定数kは、k= K (kB T / h) …B

と表せる。さらに熱力学的に考えると、ある系の標準自由エネルギーBG0はBG0=−R T ln Kであるから(Kは平衡定数)、ここでBG0をBGとすると

BG=−R T ln K    K=exp−BG / RT…C

となり、BGは活性化ギブス自由エネルギーと呼ばれる、下図の“障壁”の高さに相当するエネルギーである。

B、C式より k= (kB T / h) exp−BG / RT

また、BGは BG=BH−TBS …D(BH;活性化エンタルピー BS;活性化エントロピー)

とも表されるので、k= (kB T / h) expBS/ RT・exp−BH/ RT …E

と導かれる。ここでEaとBHとの関係を求めます。

Arrhenius式よりとなり、このkにE式を代入するとBH=Ea−RTが得られる。この関係を再びE式に戻して整理すると

k = (kB T / h) expBS/ RT・exp−Ea/ RT・exp =2.303×(kB T / h) expBS/ RT・exp−Ea/ R

が得られる。以上よりkとEaが決まればBG、BH、BSを決定できます。


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