中間発表の詳細については現在作成中。この本文はほぼ完成しています。3/17

 【緒言】

 自然界には生命現象をはじめ数多くの周期現象(例えば心臓の拍動)がみられるが、ビーカーの中の「化学反応系」でも自発的周期現象が観測されることがあります。その代表例がBelousov−Zhabotinskii(BZ)反応であります。

Fig.1

この反応は、金属イオン触媒(Ce4+)存在下で有機基質(CH2(COOH)2等)を酸化剤(BrO3-)により酸化させる反応であり、反応中に金属触媒イオン(Ce4+黄色フCe3+無色)(Fig.1)や反応中間体(例えばBr-)の濃度が周期的に振動します。近年、非線形化学振動現象の動力学は物理化学分野で最も活発に研究されている対象の一つです。BZ反応は、最近では高等学校・大学学部での化学教育にも取り入れられつつあります。BZ反応の全反応は(1)式で表されます。

2BrO3-+3CH2(COOH)2+2H+→2BrCH(COOH)2+4H2O+3CO2  …(1)

この反応は、10以上にのぼる素反応がネットワークを構成している複雑な反応ですが、3つのサブプロセス群をもつFKNメカニズム(Fig.2)1)によって説明されています。中でも、触媒および中間体濃度振動にとって、HBrO2濃度を倍々に増加させる“自己触媒反応”(Fig.2, (R5)+(R6))とこれを抑える“フィードバック制御”(Fig.2, (R2)と(R4))は必要不可欠な反応です。フィードバック制御の“ON・OFF”はBr-濃度の増減により行われています。次に示すマロン酸臭素化反応

CH2(COOH)2 + Br2 + H+ → BrCH(COOH)2 + Br- + 2H+    …(2)

は、Br-の供給源である臭化マロン酸(BrCH(COOH)2)を生成する反応であり(Table.1・Fig.2(C1)〜(C3))、この反応の反応速度や反応機構を知ることはBZ振動反応を理解する上で重要です。  本研究では初めに、(2)式のマロン酸臭素化反応機構の決定と反応速度の測定を反応中のBr2の吸光度変化を追跡することで行いました。マロン酸誘導体であるメチルマロン酸とエチルマロン酸の臭素化についても同様の測定を行いました。詳細は中間発表会(中間発表の詳細へ) で報告したので省略しますが、次のことを明らかにしました。

1 (2)式は、(A)マロン酸のエノール化(B)エノール化したマロン酸の臭素化、の二段階を経て進行するが(下図Fig.3)、律速素反応は(A)であります。基質をエチルマロン酸・メチルマロン酸に変えても同じであります。

Fig.3

2 25℃における(A)の速度定数kenol(下表Table.2)は、マロン酸>>メチルマロン酸>エチルマロン酸の順に小さくなります。即ち、中心炭素に結合している水素をアルキル基で置換することで、臭素化速度を遅くすることが出来ます。(Fig.4)

Table.2

Fig.4

3 各々の速度定数の温度依存性を調べてアーレニウスプロットをとり、その結果に遷移状態理論を適用することで、基質の違いによる臭素化速度の違いが活性化錯合体の構造の違いで議論できます。

Table.3

 続いて、これら3つの基質を用いてBZ振動反応を行い、臭化物イオン濃度およびセリウムイオン価数の変化を電気化学的に測定しました。ここでは、上記基質の臭素化速度の違いが振動挙動に与える影響についての検討結果およびBZ反応振動死滅までの継続的観測による振動挙動のパターンの変化について報告します。


 【実験】

 反応はバッチ法2)により行いました。25±0.1℃の恒温槽内の反応容器(100mlトールビーカー)に9.53 ×10-1Mマロン酸を30.0mlと2.02×10-1M臭素酸ナトリウムを30.0ml入れ、シリコン栓に挿入した銀-臭化銀電極(臭化物イオン濃度測定用)・白金電極(セリウムイオン酸化還元電位測定用)・水銀-硫酸水銀(0.5M H2SO4)電極(参照電極)をこの中に装着した。反応容器内への酸素の混入を防ぐため、容器内は常に超高純度アルゴンで脱気しました3)。BZ反応は、脱気済みの13.0M硫酸+1.73×10-2M硝酸二アンモニウムセリウム水溶液5.00mlをここに加えることで開始させました。反応開始時の化学種濃度は、[MA]=4.40×10-1M, [BrO3-]=9.30×10-2M, [H2SO4]=1.00M, [Ce4+]=1.33×10-3Mである。溶液撹拌はマグネチックスターラーを使用しました(225rpm)。セリウムイオンおよび臭化物イオン濃度の時間変化は、ネルンスト式に従って、参照電極電位に対する白金および銀-臭化銀電極の電位変化の測定により各々モニターしました。電位差測定にはデジタルボルトメーター・アナログレコーダー・パーソナルコンピュータ(ADコンバータ経由)を用いました。また、マロン酸のみを同濃度のメチルマロン酸およびエチルマロン酸にした場合の実験も行いました。


 【結果及び考察】

(3種の基質での振動挙動の違い)

  下図Fig.5は、マロン酸を基質とした25℃でのBZ反応におけるBrとCe4+の濃度振動を測定した結果です。ここには反応開始時から5000秒までの結果を示しました。反応開始時から1ピークの振動が始まるまでの時間、即ち“誘導期”は189秒であり、1ピークの振動領域(t=189s〜2250s)での平均周期(この時間域2091sをそこでの振動回数69回で割った)は30.3秒でした。銀-臭化銀電極電位は−0.295V〜−0.195Vの範囲で振動し、臭化物イオン濃度は5.79×10−5M〜1.17×10−6Mの範囲で振動していることがわかります。また、セリウムの3価/4価の酸化還元電位は0.415V〜0.545Vの範囲で振動しています。これから、セリウムイオンの3価/4価濃度比は4.24×107〜6.77×109の範囲で振動しており、4価は3.14×10−11M〜1.96×10−13Mの範囲に 、3価はほぼ1.33×10−3Mであることがわかりました。誘導期ではいずれの電極も電位が低下していることから、4価のセリウムイオンは徐々に3価へ還元され、臭化物イオン濃度は徐々に増加していることがわかります。臭化物イオン濃度がある閾値以上になった時に振動が始まり、この閾値はE=−0.200Vから1.42×10−6Mと見積もられました。既述のように、振動反応にとって臭化物イオン濃度は重要な役割を果たしています。しかし反応開始時に溶液中に含まれる臭化物イオンは試薬中の不純物由来の極微量であり、臭化物イオンの濃度は反応によって上昇させる必要があります。その反応が、マロン酸の臭素化とそれに続く臭化マロン酸とCe4+との反応による臭化物イオンの生成であります((C1)〜(C3))。振動が反応開始直後に観測されず誘導期を要するのは、臭化物イオン源である臭化マロン酸がある濃度以上必要であり、(C1)および(C2)によりそれを得るのに時間を要する為です。また、臭化マロン酸は化学振動中のCe4+からCe3+への還元反応にも関わるので、マロン酸臭素化速度は振動周期にも影響を与えるはずです。そこで臭化物イオンおよび臭化マロン酸の役割を理解する実験として、マロン酸の代わりにメチルマロン酸とエチルマロン酸を用いてBZ反応を行い振動挙動を観測しました。これらの基質は臭素化速度を低下させる事が出来ます。

Fig.5

 メチルマロン酸の場合、誘導期が2880秒であり、1ピークの振動のt=2880s〜12960sでの振動領域で69回の振動が観測され、平均周期は146秒でした(下図Fig.6)。誘導期はマロン酸の15倍の時間を要しており、振動の平均周期も約5倍に延びています。これは、(C3)の反応に必要な臭化エチルマロン酸を生成するためのエチルマロン酸の臭素化(律速段階はエノール化(C1))がマロン酸のそれよりも遅いため、セリウムイオンの4価から3価への還元反応が遅くなり、それに伴って臭化物イオン生成速度も遅くなった為と説明できます。

Fig.6

 メチルマロン酸よりも臭素化速度の遅いエチルマロン酸の場合、誘導期が3960秒、平均周期が201秒(振動領域 t=3960s〜17880s、振動回数69回)でした(Fig.7)。マロン酸に比べると誘導期は20倍、周期は約6倍であった。エチ ルマロン酸ではエノール化がメチルマロン酸のそれよりもさらに遅いために誘導期が長くなり周期も延びています。

Fig.7

 下表Table.5に3種の基質のエノール化速度定数kenol、誘導期、平均周期を示しました。このように、マロン酸関連誘導体の臭素化機構および速度定数を決定した後にこれら基質を用いて振動反応の挙動を観測するという教育的実験プログラムは、BZ反応のFKNメカニズムを理解する上で有益であることがわかりました。

Table.5

(振動死滅までの振動挙動のパターンの変化)

 以上とは別に、マロン酸を基質としたBZ反応の継続的観測を試みました。BZ反応では反応物はゆっくり消費されるため、短い時間スケール内で見ると反応物の濃度はほとんど変化していないとみなせますが、長い時間スケールでみれば反応物の濃度は明らかに変化しています。 BZ反応を継続的に観測すると、反応物濃度に応じた様々な振動・定常状態が現れ、非線形非平衡化学振動子の特徴を理解する上で有益です。Fig.8はマロン酸を基質とした25℃でのBZ振動反応をBrの濃度振動について反応開始時から15000秒まで観測した結果であります。189秒の誘導期の後、1ピークの振動が2280秒付近まで続きます。その後、2280秒付近から1ピークと2ピークの振動が交互に数回現れた後、2460秒付近から2ピークのみの振動が始まり、550秒ほど続きます。2ピークの振動周期は1ピークのそれのほぼ倍であり、これは周期倍分枝と呼ばれる現象であります。3000秒付近からは2ピークと3ピークの振動が交互に数回現れた後、3660秒付近からは3ピークのみの振動が始まり、12900秒まで継続して続きます。この3ピークのみの振動の間に3回だけ図に示した4ピークの振動が現れます。その後、再び2ピークのみの振動が現れ、徐々に1ピークの振動となり振動死滅に向かって収束していきます。

Fig.8

 このように反応物の濃度が減少しある閾値を超えると分枝(bifurcation)4)と呼ばれる全く異なるパターンが観測されました。亜臨界分枝(subcritical bifurcation)と呼ばれる定常状態(誘導期)から振動開始の分岐、超臨界分岐(supercritical bifurcation)と呼ばれる振動から定常状態(振動死滅)への分岐、振動 - 振動間の分岐のいずれもが観測されました。反応開始時における反応物濃度の違いによる振動パターンの変化の仕方の違いの観測は今後の課題であります。


 【参考文献】

1) 山口智彦 “化学と教育”44巻4号 1996 p.253〜256

2) J.Wang , P.G.Sorensen , and F.Hynne “The Journal of Physical Chemistry ”Volume 98 1994 p.725〜727

3)八木澤栄子 学士論文 北海道教育大学札幌校 1997

4) P. Strizhak , M.Menzinger “Journal of Chemical Education”Volume 73 1996 p.868〜873


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