授業のスタイル


 れまでの経験から,私が一方的に講義を行い黒板に解説を板書していくやり方では,確かに,まじめに板書をノートに写しているのですが,授業中に,私の解説を自分の頭で再構築して「理解しようとしている」のかは甚だ疑問でした。そこで本年は,次の点に関して,従来にも増した工夫をおこない授業を進めてきました。


 1点目は,「授業中に学生が自ら考える」環境を作り出すため,どんなに些細なことでも既習済みの事項に関しては,私が説明してしまうのではなく,学生に質問して答えさせるという授業スタイルをとった点です。以前から,このスタイルはとっていたのですが,今年は,さらに事細かく学生に質問をして答えさせながら授業を進めていきました。例えば,中学校の理科で学ぶような内容に関しても敢えて質問しました(もちろん,もっと高度な内容の質問もしますが)。

 例えば,次のようにです。「仕事って何ですか?」「力とエネルギーはどの様に違うのですか?」「中学校で学ぶエネルギー(仕事)の単位kg重mの“重”って何ですか?」「気体の温度が高い状態というのは,一言で言うと物理的にどのような状態ですか?」「温度が高い状態と低い状態ではどちらが内部エネルギーが大きいですか?」などなど。

 このように,どんどん学生に質問して答えさせていきながら授業をやるメリットには,次の事が上げられます(学生にとっては辛いことかもしれませんが)。一つに,学生は「何時,自分に質問がまわってくるか分からない」ので,一定の緊張感をもって授業に参加します。当然,私の話を常にfollowしていかないと質問の意味が分かりませんので,いやでも,「授業中に頭を働かせざるを得ない」のです。二つ目に,「この程度の事はいくら何でも分かっているであろう」という(誤った)前提で教師が授業を進めてしまう事を防ぐことが出来ます。実は,「この程度の事」すら分かっていないことが多いのです。例えば,中学校で学ぶ「力とエネルギー」がちゃんと区別されていない学生が半数程度います。中学校理科の教員免許を取ろうとして入学している学生がこのような状況で大変悲しくなってしまいますが,これが現実です。当然,質問に答えられない学生もいるわけですが,その時は,「とばして次の学生に当て直す」という事はしません。しばらく待ちます。それでも答えられない場合は,学生が何とか答えられそうなレベルまで質問を構造的に細分化し,細分化された質問を一つ一つ答えさせていって,最終的に要求していた質問の答えまで持っていきます(私の研究室の院生はこのやり方を称して「誘導尋問」とよんでいます(笑))。そうすることで,一見難しそうに思える質問でも,「考えれば分かる」という自信をつけさせようとしています。

 しかしながら,このやり方には一つのデメリットがあります。それは,“時間がかかりすぎる”ことです。その結果,予定した範囲を終えることが出来ません。一方で,時間をかけずに「流すように」授業をやると,学生は授業内容を全然理解でしないまま放置します。このジレンマの中,何とか解決策を見いだす必要がありました。私の場合,授業で最も時間を費やすのは,「板書」でしたので(かなり詳しく整理しながら板書していた),その時間を何とか削って学生との対話の方に時間を割く工夫を試みをしなければなりませんでした。


 こで,第2点目に,教室にノートパソコン(Macintosh PowerBook)と液晶プロジェクターを持ち込んで,プレゼンテーションソフト(Microsoft PowerPoint)で授業のポイント事項やわかりやすい図を提示しながら授業を進める工夫を行いました。すなわち,今まで板書していた内容の一部をデジタル画像としての提示に切り替えたのです(もちろん,あとで復習できるように学生には提示した内容のハードコピーも渡しました)。これにより,これまで黒板に板書していた内容の一部を瞬時に提示できるようになりましたので,学生との対話(質問)の時間を授業中に確保することができました。プレゼンテーションのコンテンツは授業前日までに予め作っておかねばなりませんが,これにはかなりの労力を要しました(PowerPoint自体の操作は全然難しくないのですが,質の高いコンテンツを作ろうとすると相当時間がかかるのです)。

 「板書の時間の節約」以外の,PowerPointを使って授業を行うメリットは,次の点が上げられます。一つ目に,黒板に書くよりは「より綺麗でわかりやすい」情報を提示出来る点です。「動きのあるコンテンツ」も簡単に作って提示できます。二つ目に,思考の流れにそって情報を送ることが出来る点です。三つ目に,一度作ったコンテンツは翌年以降も再利用可能ですし,修正等も簡単に出来ます。四つ目に,作ったコンテンツを簡単にHTML化できるので,Web上で授業内容の公開が出来ます。これは,一度授業を聞いた学生にとっては復習として,意欲のある学生にとっては予習の際に役立ちます。

 このように述べてきますと,PowerPointを使った授業は良いことずくめのようですが,実は次にあげる問題があります。一つ目は,コンテンツの作成に結構時間がかかる事です(2年目からは楽ですが)。教育だけに時間を割くわけにもいきませんので,それなりに負担になります(というのは外から見れば言い訳にしか見えませんが)。二つ目は,コンテンツがどんどん「流れて」いくので(板書と違い自分でノートを取る事がないので),内容が記憶に残りにくい点です。私の場合,数式などは板書してアナログ(黒板)・デジタル(プレゼンソフト)を併用して授業を進めましたが,「すこしPowerPointに頼りすぎたのではないか」という自己反省をしています。90分間,全てPowerPointだけでやると学生もダレてきますので,それは出来るだけしないようにしましたが,学期の後半は時間不足もあって板書を減らし過ぎました。情報を伝える「効率」は,授業者の立場では,黒板による板書よりデジタル情報の方が上に一見思えますが,情報を受け取る学生の立場から見れば必ずしもそうではないのかもしれません。授業における,アナログ・デジタルのバランスに関しては,今後の課題です。


 3点目の工夫は,毎週課していた演習課題の添削後の返却を可能な限り早めた事です。これによって,まだ記憶が新しいうちに授業内容の復習ができるようにしました。


 のような工夫をして授業を行ってきましたが,最終試験の結果は次の通りとなりました。1回目の試験で合格した学生は2名。再試験で合格した学生は3名。再試験でも合格ラインに到達せず口頭試問まで行って何とか合格した学生2名。今回は,不可の学生は何とか出ずに済みましたが,日頃からの勉強があまりにも足りない学生が多いというのが私の感想です。

2000年8月18日
田口 哲