就職 その対策と資料 第14号 北海道教育大学札幌校就職対策委員会編 (1998) p34-35

無い袖は振れない

札幌校講師
田口 哲

 

本学は教員養成大学ですから、皆さんの大部分は教員をめざして頑張っていることでしょう。

 ところで、「大学での授業(学問)は専門的すぎて実際の教育現場では役に立たない」という言葉をよく耳にします。専門的な事よりももっと実践的なことをやるべきだという声も聞かれます。実践力が大切なのはもちろんですが、大学での学問は、教員になるのに本当に必要ないのでしょうか?

 先日、3年目学生の教育実地研究での研究授業を参観しました。教科は小学4年理科で、「水の姿と変わり方」という内容です。授業では、(液体の)水を熱して沸騰させた際に温度が100℃以上にならない事を子供達に実験で確認させ、さらに、この「実験事実」と「起きている変化(液体から気体への相転移)」とを関連づけて考えさせるという内容でした。この授業を見て、「教師に確かな化学の基礎学力がないと、この授業はまともにはやれない」と感じました。

 まず教師は、温度が上がるという事は分子運動が激しくなる事と関係していることを認識している必要があります。さらに、液体状態の水は「水素結合」により互いに結びついており、水分子同士が互いに離れた気体状態になるにはこの水素結合を切らねばならない事と、これにエネルギーが費やされてしまうので水を熱しても沸点で温度上昇が止まってしまう事とを知っていなければなりません。また、大気圧下(1atm)で水が100℃で沸騰するという現象を説明するには、水の状態図についての知識が不可欠です。以上を深く理解するには、大学レベルの化学を学んでいる必要があります。

 「小学校ではそんなに難しい内容は教えないのだから、知らなくともかまわない」と言う声も聞こえてきそうです。しかし、教える内容だけを知っていてもダメで、実際には子供に教えない部分であったとしてもその内容に関する深い経験・知識という背景が教える側には必要であり、これを持っている教師が授業の構成をちゃんと組み立てられるのだろうと思います。ここでは、私の専門分野について例を挙げましたが、どの教科・分野についても同じ事が言えると思います。川は高い所から低い所に向かって流れていくように、知識の流れもポテンシャルの高いところから低いところに向かって流れていくのではないでしょうか。ポテンシャル差が無いところに無理矢理流れを作ろうとすると、“覚えなさい・暗記しなさい”という事になってしまいます。

 さて、教員としてのポテンシャル(基礎学力)は何時高め得るのでしょうか?それは、学生時代以外にはあり得ません。最近「生涯学習」という言葉が流行っていますが、現実には、就職してしまってからでは忙しくて勉強時間はほとんど取れません(今の私もそう?)。どうか皆さんは、子供の一生を左右しかねない責任の重い職業に就こうとしている事を再確認し、教える「プロ」になる自覚を持って学生時代を過ごしてほしいと思います。「心の教育」ができたり「人間性豊かな教員」になる事も大切でしょうが、それ“だけ”では教員は勤まらないと思います。学校の中で子供達が大部分の時間を費やしているのは「教科」の授業なのですから。

 最後に一言。“無い袖は振れない”